@article{oai:u-fukui.repo.nii.ac.jp:00029453, author = {永井, 崇弘 and Nagai, Takahiro}, issue = {7}, journal = {福井大学教育・人文社会系部門紀要, Memoirs of the Faculty of Education, Humanities and Social Sciences University of Fukui}, month = {Jan}, note = {プロテスタントのキリスト教の世界では、1857年にメドハーストとストロナックによる南京官話訳《新約全書》が官話訳新約聖書として初めて出版された。その後、この官話訳聖書は1869年に修訂が行われ、1874年、1878年、1879年、1880年、1882年、1884年と版が重ねられた 1)。1867年に英国人外交官のトマス・ウェード(Thomas Francis Wade,1818-1895)により《語言自邇集》が出版され、官話の中心が南京官話から北京官話に移行していくのと同じように、1872年になって北京委員会により北京官話訳が出版されると、南京官話訳本は徐々に官話訳の代表的地位を北京官話訳本に譲ることとなった。この北京委員会による北京官話訳本は版を重ね、1919年の官話和合訳が出版されるまで、官話訳聖書の代表の地位を守り続けた。このような官話の移行期における南京官話と北京官話の言語的特徴を西洋人資料から解明するにあたり、グリフィスの南方官話訳と称される官話訳聖書の漢訳文の位置づけを行うことは重要である。漢訳聖書を中国語資料として取り扱う際に留意する必要があるのは、その系譜と版本間の異同である。本稿では、グリフィスによる初版系の1892年版(引照なし)と最終訳系の1906年版(引照付)の官話訳新約聖書における異同箇所を抽出し、その特徴や影響関係の考察を行うことにより、南京官話と北京官話の境界線を探す重要な手掛かりとなるグリフィスによる官話訳の漢訳文の解明につなげたい。}, pages = {1--14}, title = {グリフィスによる官話訳《新約全書》の版本間における異同箇所について}, year = {2023}, yomi = {ナガイ, タカヒロ} }